高い塔とStardust
はじめに
「高い塔とStardust」は2019年11月にリリースされたアルバム「So Kakkoii 宇宙」に収録される現時点での最新曲の一つに数えられる楽曲だ。この楽曲の特徴は、小沢健二さんのソロデビュー当時の印象が受け継がれつつ、近年の新たなエッセンスが融合した、その味わい深さにあると感じている。全体的には他の楽曲との関連が非常に多く見られ、また大胆な対比や並列が用いられている箇所が非常に多く、その一方で「高い塔とStardust」というタイトルが歌詞のストーリーの軸としてはっきりと表現されている作品だ。(近年の小沢さんの楽曲の一つともいえる)
Aメロ1
その光線は 天井へ昇る 幻
その色彩は 昭和平成をこえて
より透明(とうめい)な 響きを放つ
・このパートは終始「高い塔」についての描写が描かれている。連体詞「その」で二つの側面を並列させている。
・「高い塔」とは何を指すのか? おそらくそれは「東京スカイツリー」か「東京タワー」に絞られるわけだが「昭和平成をこえて」というフレーズと、過去の引用(僕らが旅に出る理由、ドアをノックするのは誰だ?など)から推測するに「高い塔」とは「東京タワー」だと考えるのが妥当だ。
・高い塔が「東京タワー」だとすると「光線」とはタワーがライトアップされる様を表現しているようで、夜空に照らし出される東京タワーの描写が描かれていることがわかる。
・最後の一行については「透明」「放つ」といった近年の楽曲で多用される表現を駆使しつつ、東京タワーの年月を経た変化の模様を描いていると思われる。
サビ1①
東京(とうきょう)の街に孤独を捧げている
高い塔の一つ
それは 直線的な曼荼羅
僕(ぼく)らの魂のあり方 映す
神殿のようだよ
・Aメロ1と同様に「高い塔」を中心にストーリーが展開しており、パート全体としてここまで直接的なつながりがある歌詞は小沢さんにとって珍しい。
・一行目はまさに現在の小沢さんにとっての「東京タワー」の見え方が色濃くかつシンプルに表現された文章だ。東京タワーに「孤独」の二文字を当てたことは彼の変遷からとらえても非常に興味深い。
・三行目から「高い塔」への触発が描かれているが、東京タワーの外見から想起される豊かな感性とそれを伝える非常に素直でストレートなフレーズで彩られている。
サビ1②
古代の未来図は姿を変え続ける
子どもたちを叫ばせる
Woo-hoo-woo-woo
・一行目が表していることは、いままでの小沢さんの歌詞や発言を基にするば、それは「変化の肯定」。考え方、捉え方が塗り替わっていくことを肯定するような発言が近年多く見られることにも関連させると、この文章自体がその思想を一貫して体現しているといえるだろう。
・「子どもたち」という単語は近年の小沢さんを見る上で主要なキーワードの一つだ。そしてこれは年輪を重ねた小沢さん本人の考え方の大きな変化であることは明らかである。
・「叫ばせる」対象が何かははっきりしていない。しかしその叫び声のようなものは「 Woo-hoo-woo-woo」という形で表現されている。叫び声が狼の遠吠えのようであることや「光線」「孤独」などのある程度状態を示す単語もすでに登場していることから、「叫ばせる」対象はわからなくとも、その情景は安易に想像できるように思える。
Aメロ2
ねずみ小僧が
住んでいたという橋のあたり
上方(かみがた)へ みちのくへ
海峡(かいきょう)をこえて
この聡明な 列島は続く
・Aメロ1では題名でもある「高い塔」について言及されていたが、このパートでは一転、これまで語られてきた「高い塔」に関する記述が一切なくなった。代わりによりスケールの大きな「列島」という世界観が表現されている。
・「ねずみ小僧…橋」とは、リサーチによると「日本橋」だと推測できる。
・このAメロの全体像からは、東京から放射線状に広がっていく日本列島が想像できる。
・これまでの言葉を数えても「聡明」というのが小沢さん自身の日本への印象を物語っている。
Aメロ3
それで僕は 君に言わずに
いられないのだ
小さな箸で
全宇宙をとりわける
その凄絶な美しさを
・「それで」とはAメロ2のことを踏まえてのことだろう。過去の楽曲(痛快ウキウキ通りなど)でも使われる特徴的なフレーズともいえる。前述をひっくるめる、まるめこむようなニュアンスの使われ方をしている、と考えている。
・「君」が誰を指しているのか? 文脈を追っていけば、「君」を拡大解釈した場合の「子どもたち」に、もしくは小沢さん自身のお子さんに語り掛けた一節とも考えられる。
・「小さな…美しさを」は「僕は言わずにいられないのだ」の内容にあたる。
・「小さな箸」で「箸」が何にあたるのかはわからないが、限りなく日本らしさを表現しようとしている姿勢が見られる。
・「全宇宙をとりわける」という表現は感性が優先するフレーズだとみている。「宇宙」という単語は近年の小沢さんの楽曲ではすっかりおなじみとも言える。
・おそらく過去に「凄絶(せいぜつ)」を越えるような上位互換は登場したことがない。つまり「美しさ」の表現を最大限に引き出そうと意図しているのだろう。
サビ2①
東京の街に孤独を捧げている
高い塔の一つ
それは 抽象的な曼荼羅
僕らの感性のあり方 映す
神殿のようだよ
・サビ1との比較をすると興味深い。まずサビ1①では「直線的」「魂」であったフレーズが、ここでは「抽象的」「感性」と変化している。一つには、単にサビ1との変化をつけるために、音調の似たフレーズに入れ替えたという可能性も考えられる(実際に韻も意図的に整えられている)。しかし意味見解につなげるなら「直線的」のほうが東京タワー(高い塔)の見え方により近いはずだ。しかしあえてその見え方の具体を抽象へと、そして魂を感性へと変化させることで、高い塔の見せ方を工夫してきたのだと私は考える。
サビ2②
古代(こだい)の未来図は姿を変え続ける
大人(おとな)たちを燃えさせる
・サビ1②との変化が気になるパートであり、最も興味深いのは「子どもたち」と「大人たち」が比較的に用いられている点だ。具体的に言えば「子どもたち」は「叫ばせる」だったのに対し、「大人たち」は「燃えさせる」と違う行動をとらせている。またサビ1②にあった「Woo-hoo-woo-woo」が叫び声であったことはこれではっきりする。
間奏
鳳凰が優雅(ゆうが)に揺らす波が土(つち)に
月に 島に 花に 草に
獣たちが吼える
門(かど)に 社(やしろ)に 屋根に
路地に 家の隅に
太陽が優雅(ゆうが)に揺らす水が雪(ゆき)に
霧(きり)に 虹(にじ)に 雨雲に
獣たちがやどる
文字に 模様に 体に 記憶に
・見方としては①「鳳凰~家の隅に」と②「太陽~記憶に」の二つの内容が存在していることがわかる。
・①と②で共通点として特に注目すべきは「波」と「水」(どちらも最近の楽曲で多用されるキーワード)が敷衍していく様子が描かれている点と、また前半では超自然へ、後半ではより身近な世界へと順序だてて描かれている点だろう。
・①に言及すると、「吼える」はこの後の歌詞に「吼えさせる」があると考えられ、それは同時に「獣たち」が「人間」を表現している可能性を示唆する。後半は「門」や「社」など日本らしさが出ていて現在のエッセンスが加味されているといえる。
・②に言及すると、後半の敷衍に関しては「やどる」から、よりこの楽曲らしいテイスト(「古代の未来図」など)に描かれている印象を受ける。
サビ3①
生きることはいつの月日も難しくて
複雑(ふくざつ)で 不可解で
君(きみ)の中で消えた炎(ほのお)とか
僕が失くしてしまったものとか
全部 答えがないけど
・サビ1、サビ2では「高い塔」に関する言及が描かれていたが、サビ3では内容が展開され、人の芯に迫るような内容が描かれている。特に「全部 答えがないけど」とストレートに伝えたい趣旨を歌詞に表現するのは珍しい。
・「君の中で消えた炎」における「炎」は、サビ2②の「大人たちを燃えさせる」と関連があると考えられ、また2000年代の楽曲「時間軸を曲げて」の「少女のように指に炎を灯せたら」などでも用いられるように、ここでの炎は「熱情」(「ある光」より引用)に近い意味が想像できる。
サビ3②
古代の未来図は姿を変え続ける
大胆に 勇敢に
空に満月かかるように
ドキドキする 神秘と行くよ
0から無限大のほうへ
・小沢さんの歌詞の主題の一つ「生命の肯定」の代名詞ともいえるパートだ。ここまで描かれてきた「高い塔」が「時代変化」の象徴から、「神秘」の象徴へと変化をとげた。「古代の未来図は姿を変え続ける」は変化を肯定するより力強いメッセージとなった。
・「大胆に 勇敢に」から楽曲の印象がパッと明るくなり、高揚を抱かせる展開へ。
・「0から無限大のほうへ」は同アルバムに収録されている「神秘的」の「恒河沙永劫無限不可思議を超える」を想起させるような印象を受けた。「神秘」という単語も使われていることから、アルバム全体のテーマにより近いメッセージだといえる。
サビ3③
Stardust 落ちてくる 森に海に橋に
子どもたちを吼えさせる
Woo-hoo-woo-woo
・この楽曲の題名でもある「Stardust」がここで初めて登場。「Stardust」は直訳すると「星屑」であり、その発想は同アルバムに収録されている「流動体について」「彗星」にも似たような情景描写が表現されている。
・「子どもたちを吼えさせる」はサビ1②の「~叫ばせる」から変化。間奏で「吼える」が登場したことと関連する可能性が高い。
サビ4①(大サビ)
七色の橋から飛び立つ
カラスのように
大胆に 勇敢に
冬の大波うねる時も
ドキドキする 神秘と行こう
0から無限大のほうへ
・場面から推察するに「七色の橋」はレインボーブリッジである可能性が高い。また「カラス」と「七色の橋」の色の対比も意図的に表現されている。
・今までサビで何かしら描かれていた「高い塔」に関する内容がサビ4では描かれていない(終わりまで)。そして高揚感を伴った「0から無限大のほうへ」のフレーズがよりそのメッセージ性を強めている印象を受けた。
・今更だが、この楽曲で描かれている季節は「冬」であることに間違いないようだ。
サビ4②
Stardust 落ちてくる
森に海に橋に 掌の上に
川に光線反射するように
ドキドキする
神秘がかかる瞬間は
最強で 最高で
・「掌の上に」によってここまで語られてきた景色がぐっと身近に感じることができる。ある意味抽象の具体化ともいえる。
・「川に光線反射するように」と「空に満月かかるように」は違う表現を使って類似した情景を例えていることがわかる。「光線」という言葉はAメロ1の冒頭でも登場したが、ここでは月の明かりと捉えることが妥当だと考える。
・「神秘がかかる」とは「Stardust」が落ちる様を表現しているようにみえる。それを「凄絶な」とも似た「最強で 最高で」というフレーズを使って最大級に掲揚している。
サビ4③
Stardust 落ちてくる
森に海に橋に
大人たちを吼えさせる
Woo-hoo-woo-woo
・大人たちを「燃えさせる」から「吼えさせる」に変化。吠える声も「Woo~」と堅実に表現されている。
・「Stardust 落ちてくる 森に海に橋に」というフレーズが楽曲を通じて三回も描かれることとなった。それほど印象的なシーンとして表現され、楽曲後半の軸となったことは確かだろう。
おわりに
「高い塔とStardust」という楽曲は、構成の面では前半に「高い塔」、後半に「Stardust」が楽曲の軸として描かれている様に気づくことができる(どちらもアルバムのテーマに寄り添った内容ではある)。また表現の面では並列を多用した斬新な間奏、小沢さんのタイムリーな心情を炸裂させる強烈な歌詞表現、抽象と具体を組み合わせた巧みな描写などがかなり印象的だった。
そして何よりこの楽曲から感じたのは、小沢健二さんから見える世界観の「いままで」と「今」だ。1990年代、2000年代の要素を醸しながら2010年代、つまり「今」を前のめりに思えるほど独自に表現しようとする姿勢、まさに熱情がもろに表現された素晴らしい作品であった。(完)