風_UlulU 徹底考察
はじめに
今回は3人組バンド「UlulU」の「風」という楽曲を紹介したい。この曲は一見シンプルなギター&ドラムのJ-ロックだが、小沢健二以外でここまで歌詞が洗練されている作品はなかなかない。歌詞の基本にあまりに忠実でありながら独自性に満ち満ちている、まさに最高にプリミティブな楽曲だと考える。
Aメロ1
電車から降りて 後ろから小突いてくるおっさん 「早く行け」と
分かっているよ ちょっとだけ 足が前に出なかったの
- 前半の具体からは状況を端的に示し、感情は見せない。そして後半で、しっかりと具体に対する感情を「足が前に出なかった」という具体に乗せている。具体と抽象を意図的に使いこなしているが一目瞭然だ。
- 「おっさん」「小突いてくる」と言った口語も歌詞に独自性と親近感を与えてくれている。
Aメロ2
帰りのバスの本数少ないけど 32分があるぜ 15分だってある
歩いてだって帰れるぜ 足が二本もあるから
- Aメロ1と連動した具体。「帰りのバス」から歌詞の主人公が電車とバスを乗り継がないと帰宅できない状況を暗に説明している。そして「32分」「15分」という時間間隔を示すことで、バスの本数が少ない夜の時間帯(都会前提)であることもわかる。
- Aメロ1と同じ構造かと思いきや前半部分に非常に具体的な並列を持ってきた。なかなか味があって独創性が高いと言える。
- Aメロ1と同様に「だって」「あるぜ」と言った違う角度からの口語を使えている。
- 後半は抽象と言っていいだろう。Aメロ1と同様に具体と抽象を兼ねた高度な表現とも捉えられる。本当は歩いて帰るには遠い距離だけどその時の「感情」がこのフレーズを使える状態だという具体っぽい抽象と捉えられる。「足が二本もあるから」は「絶対に帰れる」という安心感を表現したものか、そのときの気前(感情)を表現したものか、その解釈は確定できない。
Bメロ
向かい風吹き抜け 三輪車を漕ぐ女の子 進みたい道を選んでいこうぜ
- Aメロからの物語の連動性が非常に明確化されている。
- ここから、曲名である「風」も登場した。
- 電車、バス、歩きに続いて三輪車と手段が多様に示されている。(ただ「三輪車」は妄想の可能性あり)
- 「三輪車」という具体名詞は投影・比喩か?それとも語感合わせか?投影・比喩ならば「安定」を表現しながら、女の子は主人公になるだろう。語感合わせの場合だと「自転車」という表現を避けたのかということになる。
- この楽曲の根幹となるメッセージは「進みたい道を選んでいこうぜ」であることがわかった。そうすると「三輪車の女の子」は自由の象徴という立ち位置になるのか、この辺り未規定性も残っていて非常に良い。
サビ1
ちょっとブルーな足取り Android Destination
現代の技術の場合 本当にそうなるかもしれないとか 考えていたら
風が歌った
- 初めから見てきて動きにフォーカスした具体が多いことが分かってきた。そして「ブルーな足取り」という具体と抽象の抱き合わせを再び表現してくる。
- Aメロ1「足が前に出なかったの」の感情が「ブルー」で一意となった。「ちょっと」という副詞も2回目であることから微妙な感情の動きだと示したいようだ。
- 言語性にも着目しよう。ひらがな、カタカナ、英語、漢字(特異な表現なもの)と4つの言語的要素を上手に使おうとしているように思える。特にサビは、独自性だけでなく英語と漢字による微妙な意味の未規定性を高めているように考える。
- Bメロで示されたメッセージを補う感情が表現されている。個人的には、感情から転じて、思考が少し気難しくなっている感覚を表現してくれているのが非常に好みだ。
- 「風が歌った」と言って比喩として曲名が再び登場したと共に、視点のシフトもこの短いフレーズで見事にクリアしている。
サビ2
情緒が不意につらなって 思いついた近道で Distraction
なんとか歩けてはいるが
どうぞ 徒然なる風よ 歌って
- 「情緒」という以上に曖昧な表現と「つらなって」という独自の表現をつなげて「なんとなく共感できそうな感じ」を生み出していると感じた。
- 具体の面白さで言えば、「思いついた近道で」とあることから完全に主人公はバスに乗っていないことが確定した。「なんとか歩いてはいるが」からは実は主人公が「ちょっと」ではなく「結構」しんどい感じがここではっきりしてくる。
- サビ1とお洒落に英語で韻を踏めている。
- 「徒然なる」とは「することがない」「退屈な」といった意味の形容詞。そしてサビ1では「風が歌った」がここでは「風よ歌って」と表現している。このことからサビ1からの感情の変化・機微を表現しているものではないかと考える。Bメロにある「進みたい道を選んでいこうぜ」に準えるなら、「進みたい道を選んではいるが楽ではないぜ」と言いたいのかもしれない。
おわりに
改めて「風」という曲の完成度の高さに驚愕する。Aメロではシンプルに具体と抽象を兼ねる高等な表現でまとめ上げ、Bメロでは歌詞の抽象度を上げるともに明確なメッセージ性を提示し、サビでは独自性を出しながらメッセージを上手に補いかつ、具体の物語性も丁寧に継続させる配慮が行き届いている。短い歌詞ではあるが、すべての言葉が洗練されていて、宝石箱のような楽曲だと感じた。UlulUの歌詞は他の曲の歌詞の完成度も非常に高いのでまた違う機会に論じたい。